「何にこだわっているか」

たとえば、ひとつの映画を観たとしよう。
相対的な作品への評価は、ほぼ同じでも、
心に受ける印象はまちまちになる。
それは、観客側のそれぞれの生きざまに
リンクしていくからだ。
深く生きている人は深く、
浅く生きている人は浅く、
その「物語とリンク」する。
どちらが良いとは一概に言えない。

そして、「体感」としての経験が無い想像力は、
まるで、蜃気楼のようである。
あるのはわかるが、つかめない。
いろいろな経験をしている人の方が、
人生は深くなるということかもしれない。

浅く生きている人も、深く生きている人も、
人生のつまづき処には、接点がある。
それが、「こだわり」である。

深く生きている人は、
考え方の根底に、「評論」があるので
いろいろなことに気づく。
気づきすぎる自分を持てあます。

浅く生きている人は、
もともと恵まれているから、
自己努力をする必要性が無いので、
いつも中途であきらめ、
言われたこと以上の仕事ができない。
そしてプライドとのジレンマにさいなまれる。

人には、持って生まれた徳分があって、
努力しなくても恵まれる人と、
努力しても恵まれない人がいる。
生まれいでし時点で、
もうあらかたの決着がついている。

立身出世伝というもは、
混沌とした時代の、
ごくごくまれな出来事である。
成功は、単純な努力のたまものではなく、
必ず、なんらかの「種銭」が仕込まれている。

「変わりたい」と願うのは自由だが、
そんなに簡単には変われないのが現実だ。

今、日本に生きていることは、
大変な徳分なのである。

何々の集い、何々のセミナー、
おおよそ、単純に生きていくには
必要のない媒体で稼げる職種が繁栄する国など、
世界広しと言えども、日本とアメリカ以外にはない。

自分との対話よりも、
何かをしていなくてはと思うから、
あっちのセミナー、こっちのセミナーへと
駆け巡り、あっちの世話役こっちの世話役と
何かをしている自分に安心する。

そういうもろもろのことを
「こだわり」という。

こだわりは、日々生きている中での
中枢を担っているのだから、
そんなに簡単に手放せない。

存在そのものの全否定にもなりかねない。

いろいろ考えるのは
まだ気力があるからで、
いずれ、それらも消える。

健康、見栄え、評価、
愛、金、時間、
地位、名誉、
平和、生きがい

大概こんなところに、皆こだわる。

日本人は、本当はもう、全て持っているのに。。。。

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