開運鑑定

難をできるだけ避けて、よき可能性のある道を
お伝えするのが開運鑑定です。
開運鑑定を受けられた時点では、なんとなく
ご自身には、理解度がともなわぬ、
あいまいな部分が残ります。
ご本人の霊性の学びが進めば、
そこは自然とわかっていくことですけれど。
一生のプログラミングは占術で明白ですが、
「この世は学びでの機会」ですので、
健全な術者は「安易な操作、全てを明かす」を、
しないことが不文律です。
また、運命は運ぶ命ですから、
その状況によって結果に至るまでの
さまざまな変動があります。
それが、人生の本来の楽しみでしょう。
結果は同じであっても。です。
そういうことを百田尚樹さんも、
作品の中で描いていました。

いろいろな例がありますが、
今回は私のことを参考例に書きましょう。

 

 

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私は子供のころから、
不思議の世界に目覚めておりました。
五歳くらいから、現象を受け止めております。
それらが魔のものではないことは、
現れる雰囲気に、
(当時は波動という言葉がまだありません)
何かしら暖かいものを感じました。
どちらかというと、頼っておりました。
家業をしていましたから、
両親が忙しく、空想壁のある子供という
分類だったのでしょうか。
妙に冷めた部分を自分の中で持っています。

私の紫微命盤は、完全なる「統領運」です。
旧姓の井上喜久美は、これもまた
両親が有名な術者に頼み、
つけてもらった名前ですから、
完璧な統領運の名前です。
OL時代は、上司が無くなり、
家庭では、20代のころに父が亡くなり、
30代で養子の夫が無くなり、
自分より上の立場の者がいなくなるのです。
必然的に自分がトップになります。
今は、岩崎になりまして、この強い名前も、
若干和らぎました。
仕事でバリバリよりも、
ちがう幸せが与えられる運となったのです。
しかしながら宿命の基本は変わりません。

私が本格的に占術の研究に力を入れたのは、
30代前半、夫と別れてからです。
生活のためにすし屋を営業しておりましたが、
どうしても一生の仕事とは思えず、
そのうちに、仕事面を、
バックアップしてくれていた母が病になり、
そんな時期に、紫微占術に出会いました。
まさに、その出来事がすべて書かれていたのです。
(看命かんみんには技術と霊性が入ります。
裏読みをしなければ、当たりません。
これは、天性の能力が必要だと確信しています
私は、自分自身で読み取りました)

そして、自分の生き方を180度変えてみたのです。
その後のいきさつは、
アマゾンで22000円で流通している、
拙著、「ある日突然玉の輿」に書いてあります。

私の幼き頃からの夢は、
世界中を旅行して、旅行記を書くことでした。
今、それは叶っています。
でも、それをノルマに追われ、
バリバリしているわけではありません。

叶えたい夢がどういう形で叶うかは、
こういうことなのです。

お金。。。
大切ですが、お金が先ではないみたいですね。

あなたの魂が喜ぶ人生を歩んでください。
有限の人生、長いようで短く、
短いようで長いのですから。


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