日泰寺の思い出

日泰寺では、昨日、こんなことがありました。

日泰寺の仏舎利塔に参りますと、
車が止まり、中から数人の、
私服のお坊さんが、出ていらっしゃった。
私は、正直、背筋が、ぞくっとしました。

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私の父が亡くなりましたあと、
菩提寺の住職が、私の店で、
お坊さんの宴会をしてくださり、
その時、16名ほどの
私服のお坊さんたちが、一斉に、
父の仏壇に、お参りしてくださり、
その読経の荘厳さが、
プレイバックしたのです。

名古屋覚王山日泰寺は、格式のある、
お寺として有名で、名古屋の相当な方々が、
葬儀をするお寺です。

私は、29歳の時、
父の生前に社葬予約しようと
電話をかけましたら、
「ご主人と、よくご相談してから、
またおかけください」と、言われました。

決起盛んな当時の私は、
馬鹿にされたと、大変遺憾に感じ、
電話帳で、一番大きな広告を、
出していた出雲殿総裁センターに
電話をしました。
「どうぞ、お任せください❗️」
めちゃくちゃ明るい営業担当が
電話応対をしてくれて、
一年三カ月の、闘病看護の
疲れがふっとぶようでした。

当時の出雲殿の店長は、
私と同い年。史上最年少の店長、
史上初、葬祭業で、上場した
「ティア」社長、冨安徳久さんです。

父は、大変派手好きでしたから、
最高の葬儀をしたいと思いました。
生前、父から、愛知県に
3台しかない霊柩車の話を聞きましたので、
まず、それを、手配してもらいました。

商売をしながら、神仏を
祀ることがなかったわが家は、
曹洞宗に、宗教を決め、
蟹江の松秀寺住職にお世話になり、
私の数珠は、住職にいただいたものです。

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400年ぶりの松秀寺新寺建立には、
親しくさせていただいた
水墨画家、中野素芳先生に、
21間の、襖絵を書いていただき、奉納しました。
写真を、拡大していただきますと、
私の旧姓が木札に、書かれています。

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当然、仏壇と、墓、墓碑、地蔵も購入。
今日に至ります。

住職には、永平寺の
お坊さんたちしか、入れない
お部屋に連れていっていただき、
官長にも、お目にかかりました。

父は、名古屋場所千秋楽に亡くなり、
仮通夜、本通夜には、
たくさんの相撲関係者も、
いらしていただきました。

今の私の年齢と同じ56歳で、
この世を去りました。
若かったなぁと、思います。

 

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そんなことを思っていましたら、
日泰寺仏舎利塔に、
龍雲が、やってきてくれました。
何かしらの祝福だと、ありがたく感謝いたします。

この世は、いろいろなご縁がありますね。


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