中村久子さんは、私の中で、 もう、卒業したと思っていた

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今月のABCフォーラムの講師は、
中村久子さんの語り部の方でした。
中村久子さんを始めて知ったのは、
学生時代です。大変衝撃を受け、
いろいろ調べました。

ABCフォーラムでも、
過去、娘の富子さんにも、
いらしていただいたりして、
中村久子さん系の
お話を伺うのは三回目になります。

案の定、今回は、出席者が、
少なく、私もパスをしたかったん
ですが、来月の講師、7月14日、
小名木善行先生を、ご紹介
するために、出席したのです。

人の話は、五回聞いて誤解がとけ、
7回聞いて、納得すると、いいます。

今回は、最後を介護なさった方の
お話で、遺品なども、実際に、
見せていただき、
改めて、感動したのです。

中村久子さんは、四肢がなく、
失明しかけ、二度の肺結核、
子宮外妊娠、肝硬変を、
煩われましたが、72歳まで、
自活して、懸命に、
生涯をまっとうされました。

講師の方が、ご用意くださった、
中村久子さん、ご本人の
手記を一部紹介します。

「私に、真っ先に、必要だったのは、
今日を、どうして生きていくかという、
いわゆるパンの問題でございました。
どうしたら、パンを求めることが
できるか。大正四、五年という
その頃で、ございましたが、
カタワ者が、自分では 働いて
生きていくことは、絶対に、
不可能のことで、ございました。

こうしたとき、私は、
生活保護法を受けることを
ある人より教えられました。
でも、生活保護は、病気になったり、
ほんとうに生活ができない、
最低の線の人が、受けるものであって、
手足がなくても、どうにか、
健康な身体になった私は、
それを、受けて生きていく気には、
なれませんでした」

滝に打たれたような、
感銘を受けました。

そして、なんと‼️
小名木善行先生も、
メルマガに、中村久子さんの
ことを書かれていました。

なんか、繋がってますね。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1921.html


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