あとから理屈がついてくる、 そして、その理屈に気づくこと

瞑想の誘導をする時、私は、その時々の状況に応じ、
言葉が自然にあふれてきます。
皆さんにもその言葉は心地よく感じると思います。
瞑想の誘導というものは、実はとても大切で、
下手な誘導を聞いたとき、初めてそれに気づきます。
未熟の波動がこびりつき、瞑想どころではなくなります。
いつか、どこかで、それも経験されるとよいと思います。
人は、巡り合いの究極の奇跡を
軽んじる傾向がありますが、
出会いには、必ず理由があります。
良いものに出会うには、自分自身の向上を
しっかり祈らなければなりません。

今回の3つのお願いワークは、そういうことも
内臓してお伝えしています。

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昨日の勉強会での瞑想誘導では、「目、鼻、耳、口」が、
出てきました。いつもなら、ああ、「天然」と、
流すところですが、昨日の私のカードには
「不動明王様」が出てきたので
まさに、先日、大岩不動様に祈った願いの通りを
せねばと思い立ち、「魂の科学」をめくりますと、
その理屈が書かれていました。

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どうして、自分が、そういうことをしているのか。

なんとなくではない、確固たるものを、
内に秘めながらの、祈りと願いです。

この世は、不思議に満ち溢れています。

気づくと気づかないとでは、
人生の過ごし方が格段に違います。

気づきたい方は、一緒に学んでいきましょう。
気づかなくても、別に、
それはそれでよいですが、
無用な悩みが増えるだけで、つまらないのです。

つまらないは、詰まらない。
つまり、知恵が蓄積されないという事。
心の豊かさを手に入れることはできないのです。


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